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2009年06月20日
山中貞雄
今、ラピュタ阿佐ヶ谷で山中貞雄の特集を、レイトショーでやっています。ずっと見たかったので、現存する3本の作品を初めて見てきました。
・「百万両の壺」は、丹下左膳の設定で、ユーモアと人間味と切なさがある作品でした。左膳役はいつもの大河内伝次郎がやっているので、当時見る人はびっくりしたでしょうし、原作者は作品の世界と違うと怒ったそうですが、当時も今もとても愛しい、愛される作品になっていると思いました。特に、その語り方の洗練された方法はとてもうまいと思いました。
・「河内山宗俊」は、物語の構成がうまいと思いました。そこが際立っていた分、僕には冷静に見れてしまったなという印象はありますが、些細な嘘がやがて雪だるま式に大事になり、最後は悲劇になっていくスリリングな展開は面白かったです。
・「人情紙風船」は、今の僕にはとてもツライ作品でした。いや、いつ見てもツライ作品なのだと思いますが。なんかボディーブローのような、お腹に大きな石が入ってるような、そんな苦しい気持ちになりました。ここでは、丹下左膳とは反対の世界が描かれていました。反対といっても、決して別の次元ではなく、間違いなく地続きでつながってはいると思うのですが。暗い話ですが、公開当時も大変多くの人に受け入れられたようです。
山中貞雄の作品は21本中、今残っているのがこの3本らしいのですが(他の作品の断片はいくつか残っているらしいのですが)、3本に限って言えば、その語り方には‘反語’というものがうまく使われているなと思いました。やり方はとてもシンプルです。ですが、それが繰り返しでてくるうちに、感情の深い部分にまで届く表現になっていきます。これは、映画的なものと、日本人が持っている感性とが、とてもいい形で実現した表現なのだと思いました。任侠映画を見ていても同じ感覚を持ちますが、日本映画の黄金時代と言われた所以がここにあると思います。つまり、映画とは、描く事で描かない部分を浮かびあがらせること。それと、日本人の気持ちが揺れ動く様子が、ぴったりと重なっていたのです。そう思うとやはり現代の事を思ってしまうのですが、ラピュタ阿佐ヶ谷には比較的若い人たちが来ていました。そして3回とも満員近くなっていたのですが、「人情紙風船」で終始笑っている人もいました。セリフの表面を追うだけではわからない事があるのですが、あの人は「人情~」をどうゆう作品だと思っていたのでしょうか。少し気になりました。山中作品は、公開当時多くの人に受け入れられていたわけですから、観客には当然見えていたものがあったはずなのです。そういったものを現代でどう語るのか、考えることがあります。
投稿者 sunami : 17:52 | コメント (315)